コトノハメディア135 コトノハがわかる

音楽とローカル>音楽メディアの変遷と、音盤をコントロールする行為について③

2015年夏に録音、その年の年越しイベント「WWW×BAYON COUNTDOWN 2016」にてノベルティとして配布した”遅れてきた夏”ミックス。インディーロック、ソフトロック、チルアウトミュージックなど。ぜひこちらを聴きながら読んでください。※プレイヤーが表示されない場合は、ページのリロードを行ってください。

 この連載を読んでくれている物好きな皆様、コロナ禍をいかがお過ごしでしょうか。私は緊急事態宣言解除も例に漏れず引き続き自宅にて自粛生活を継続しています。大型のプランターに植えた沢山のハーブを愛でることや、近所のお肉屋さんで揚げたてのコロッケを頬張ること、上階の方がピアノで練習するOfficial髭男dism「Pretender」が早く試聴に耐えうるレベルまで到達しますようにと神様にお祈りすることなどを日々の楽しみとしながらなんとか生き延びている次第です。

 おかげさまで「三つの密」全てに該当する私が関わる各パーティーは4月以降全て中止となりましたが、5月に入り「密」を生まない無観客DJ配信としてテスト的に再開しているものもチラホラと。

 各業界「自粛」という名の同調圧力を強いられるも未だに満足な保証がおりず不安の只中にいる友人や、閉店や廃業を選択せざるを得ない友人も現れている状況に憤りを覚る日々が続きますが、怒りや正義の感情に舞いあがり自身を見失うこと無くできることをひとつづつと、今日も五体投地での雑司ヶ谷巡回を終えたところです。

 レギュラーで参加している渋谷・東間屋の「EACH TIME」においても先週初の配信イベントを行うなど、コロナとの共存を念頭にDJやパーティーでできることを試行錯誤することは今までと比較してしまえば圧倒的に不自由な状況ではありますが、一方でこれまで怠けて手を付けていなかったアレヤコレヤにじっくりと取り組むこともでき、時間の使い方過ごし方について新鮮な感覚を楽しんでいる自分もいます。

 そうは言っても10年以上続けてきた”朝まで音楽をかけては酒を飲み続ける”ルーチン、前述「EACH TIME」の帰り道によった千駄ヶ谷ホープ軒で久々にパーティー明けの打ち上げノリで食べた深夜の豚骨ラーメンには、このタイミングでしか味わえない格別な美味さと喜びがあった。

 また、平日深夜にもかかわらずコンスタントに入れ替わり入退店するタクシー運転手や、恐らく単身者の男性らが店内で黙々とラーメンをすする様子と、その役割を果たす目途が立たないまま無言でそびえるオリンピックスタジアムとのコントラストはとても印象的でありしばし目を奪われたのだが、その時には翌日の胃腸が夜半まで何も食べれない程の大ダメージを抱えることになるとは微塵も思わなかったわけで。


DJとしての選曲、ミックスの魅力

 2000年、大学2年生の折、アナログレコードを再生する為のターンテーブル2台とDJ用ミキサーを準備できないまま、”イメトレ”を軸として蒲田Studio80というスペースにて自主企画を行い始めて人前でDJを行った。

 当時好きで新宿リキッドルームにliveを見に行ったイギリスのバンドREEF「Place Your Hands」や70’sのハードロックやファンクロック、THE TIMERS流純愛ソング「お前の股ぐら」からLIZA MINNELLI 「Dancing In The Moonlight」を選曲したのは完全な若さゆえのイキりで、羽目を外す為のそれを思い返していまとても甘じょっぱい気持ちを覚えている。

 その後、大学時代は文化祭のフリーマーケットスペースにポータブルプレイヤーを持ち込んでDJをしたり、先輩に誘われた”彼の弾き語りを披露するためのパーティー”などでDJを行う(その先輩にはその後も何度かDJを誘われたが音楽性の違いによりオファーは固辞した)。友人らの影響でHi-StandardやKEMURI、SNAIL RAMPなど得意ではなかったメロコアバンドのliveに行く機会も増えていく。

 恵比寿MILKのブラフマン主催のイベントや、大貫憲章やムラジュンがやっていた渋谷The RoomのGroovy Rock Caravan、渋谷オルガンバー火曜MUROのイベント(名前失念)などなど、友達と申し合わせて遊びに行く機会が増える。

 当時そのMUROさんのイベントに頻繁に遊びに行っていた、渋谷109でカリスマ店員(死語!)をしていた地元の女友達が貸してくれたのが70’sソウルや80’sのR&B、メロウソウルをスムースかつクールにmixしたMUROの「Diggin ice 96’」。当初聴いた時にはどこから曲がミックスされ次の曲がはじまっているのか全くわからない、だけど心地よい浮遊感がずっと続く、まるで魔法にかけられているような感覚だったことを鮮明に覚えている(テープ特有のローファイ感も浮遊感を増幅させていた気もする)。

 その後友人からテープをダビングさせてもらい何度も注意深く聴いていくことでミックス手法への理解を徐々に進め、手元のレコードを使ってミックスを再現をしてみたりもした。選曲することから、DJ的なミックス技術を練習し始めたのはこのミックステープがきっかけだった。


《当時はカセットテープで、数年前にはCD・2LPで再発された時代を超えたクラシック》


DJミックス 新しい視点の提案

 「Diggin ice 96’」にはヒップホップ特有の技術・スクラッチの妙や、BPM・リズムを揃えたミックス手法や、いきなり次の曲に展開するカットインの技術、曲と曲を並べることによって生まれる感情の起伏のコントロールなどなど、DJとして学ぶべきテクニックがいくつも集約されているのだが、ここでは自分が一番に意識し未だに心がけている「DJからの新しい視点の提案」という点に是非とも触れておきたい。

 基本的には前述の通りUS産R&Bを中心に選曲~展開されるミックスなのだが、テープの片面45分中、Chaka Khan「Stop On By」の次曲36分頃に唯一の日本語楽曲である山下達郎「Windy Lady」が突如登場する。全体構成や言葉で説明すれば”突如”であるのだが、前曲からのストリングスの音色を引継ぎつつドラムブレイクをカットインさせるミックスは、まるで一曲の楽曲における転調のような聴こえ方であり、DJミックスとしてのグルーヴ的心地よさに加え、歌声が始まるまではまさか日本語の、まさか山下達郎の楽曲であるとは想像だにしなかった驚きと感動がそこにはあるのだ(またこの頃は山下達郎の過去楽曲が今のような評価対象にはなく、クラブで日本語楽曲をかける=ダサいみたいな価値観も一部にあった時代に、である)。

 前述のように同じ音色やコード、リズムパターンなどをあわせることでスムーズで聴きやすい・踊れるDJミックスをつくることは理論的には可能(15年ほど前よりAbelton liveなどのDJソフトを用い自動でBPMを揃えたり、BPM以外にもジャンルやコードなどでソートをかけ選曲ができたりもするのだ。便利!)なのだが、自分は何より先ほど触れた”ヤマタツ”ミックスは「こんなリズムやこんな曲が好きなら、この曲もいいでしょ?」といったDJからの一つの提案として感受している。

 あくまで押し付けでない、新しい視点・楽しみ方の「提案」。「共有」と言い換えてもいいかもしれない。技術が優れていたり、多くの音楽を知っていたり、音のコントロールが上手だったりとDJの評価軸はさまざまにあり、だからこそ面白いのだが、この「提案」にこそセンスが宿ると私は考えている。

そしてこの提案は時代ごとの価値観や評価軸、流行に対する「回答」という意味合いも同時に含んでいる。テクノロジーや情報インフラの進化によって生まれるトレンドや、地域・年代・音色・コード進行やリズムを元に判別されるカテゴリやジャンルに対し、そこに付随する背景や関連する共通点と相違点を分析し、新しい価値観や視点を提案できているのか。アカデミックなだけでなく、ある種のジャーナリスティックな視点を持っているDJのプレイに私は共感を覚え、夢中になり、そのDJに対して傍から見たら時折狂ったような反応をみせているだろうと思う。

 現在ではレコード屋やTV・ラジオ以外にもインターネットを通じて新旧さまざまな音楽に触れることができる。人それぞれきっかけは本当にさまざまだが、そこで触れた自分にとって新しい音楽に対して知覚できる点・できない点含め、世界中のDJが「自分はどの要素に魅力を感じたのか」、思考や分析を深め自分なりの価値観を固めていく作業の繰り返し・アウトプットがいわゆる「DJミックス」の一つの要素であり魅力と言えるだろう。



マイケルJフォクス
1979年生まれ。”Back to”の後DJを開始。オールラウンドミックスを基調としつつ現在進行形のベースミュージックやJ-POPなども盛り込んだ独自のDJスタイルで、都内を中心に場所やジャンルを選ばないボーダレスな活動を継続中。

コトノハへのワンコイン・サポートについて

《リンク:音楽メディアの変遷と、音盤をコントロールする行為について②》
《リンク:音楽メディアの変遷と、音盤をコントロールする行為について①》

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