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【物理学者が物申す】ネタバレ御免!
一回じゃ分からない! 超難解映画TENET解説

クリストファー・ノーラン監督の最新映画『TENET』を見たけれど、目まぐるしい展開にほとんど理解できないという悲しい思いをした編集部が、【物理学者が物申す】というコーナーを新たに設け、物理学者・小谷太郎さんに2回にわたって解説をしていただくことにしました。ネタバレを多分に含んでおりますので観てから読むことをおすすめします。

みなさん『TENET』御覧になりましたか?

『メメント』や『インターステラー』など、緻密で複雑な作品で知られるクリストファー・ノーラン監督の最新作TENETは、これまで最高の難易度で観客に迫ります。2時間半の映像に圧倒されて、さてこの感動を反芻しようと思い返すと、いったい何が起きたのかよく説明できなかったりします。

私もこの不思議映像にすっかり当てられたくちで、TENETの謎を解明するために何度も映画館に通い、脚本や関係者のインタビューを読んで研究しました。ノーラン監督の思うつぼです。

さてではこのTENETの謎を、この場をお借りして今回と次回の2回に渡って紹介し、1回観ただけのかたにも、それどころか全然観てないかたにも、力の限り解き明かしましょう。

ただしネタバレを多量に含みますので、ネタバレ禁忌のかたはどうぞ本編を御覧になってからお読みください。

●逆行とは何?

TENETという作品の核となっているのが「逆行」という (架空の) 現象です。

逆行している物体や人間は、ビデオを逆に再生しているかのようなおかしな動きを示し、故障はひとりでに直り、人間は後ろ向きに歩き、怪我は突然消え、若返ります。

この逆行を引き起こすのは、未来人の発明した「回転ドア」という装置です。

回転ドアには二通りの使用法があります。一つは、通常 (順行) の物体や人間に働きかけ、逆行させることです。この時、回転ドアは順行の物体と、それとペアになる逆行物体を同時に取り込みます。まるで順行物体と逆行物体を飲み込んで消滅させるかのようです。

図1: 回転ドアは順行物体と逆行物体を同時に取り込み、消滅させる。

もう一つの使用法は、逆行物体に働きかけ、順行に戻すことです。この時、回転ドアは順行物体と逆行物体を同時に吐き出します。まるで順行物体と逆行物体のペアを生成したようです。

図2: 回転ドアは順行物体と逆行物体を同時に生成し、吐き出す。

逆行している人間から見ると、周囲の物体や人間の方が、ビデオを逆に再生しているかのようなおかしな動きをします。周囲の時計も逆周りして、太陽は西から昇って東に沈むので、逆行人間は過去に時間を遡っているように感じます。

この逆行という現象を理解すれば、TENETという複雑な物語もひもとくことができます。

●そもそもTENETってどういうストーリーなの?

【背景】

TENETの世界では、未来人と現代 (未来人にとっては過去) の間で、戦争が生じています。

未来人が企んでいるのは、現代の世界全体を逆行させることです。そのために、「アルゴリズム」と呼ばれる装置を作動させようとしています。これが作動すると未来人の勝ち、現代人の負けが確定します。

アルゴリズムを作動させるのは、未来人の手先として働く現代人 (セイターたち) です。未来人はさまざまな物資や装置や情報を逆行させて現代に送り込み、手先を支援しています。

しかし、未来人は一枚岩というわけではなく、中には侵略に反対している一派もいて、現代人を支援しています。この一派に支援される現代人の連合はTENETと呼ばれます。TENETはこの組織のメンバーが使う合言葉でもあります。

【オペラ劇場戦】

主人公はCIAの工作員として、ウクライナ高官から「プルトニウム241」と呼ばれるアルゴリズムの部品を受け取る任務につきます。しかし任務は失敗し、主人公は捕まります。プルトニウム241と呼ばれるアルゴリズム部品はウクライナ側に取り戻されます。これが映画の冒頭のオペラ劇場戦です。大変早いテンポで重要な場面を次々に見せられるので、これは集中しないとたちまち展開についていけなくなる、と観客は悟ります。

【オスロ空港襲撃】

主人公はTENETにリクルートされます。敵はセイターという大富豪です。

主人公はセイターの妻キャットの信頼を得るため、オスロ空港の倉庫を襲います。セイターはキャットの弱みを握って服従させているのですが、その脅迫ネタである贋作絵画がセイターの所有する倉庫にしまってあるというのです。主人公はキャットに、よしきた俺が何とかしてやると贋作の処分を請け負います。

しかし飛行機1台を使って派手なアクションを見せたのに、主人公は贋作の処分に失敗します。事件が新聞などで報じられたため、セイターはこれを知り、逆行を使ってあらかじめ贋作を避難させておいたのです。これがオスロ空港襲撃の顛末です。

【カーチェイス】

ともあれ主人公はセイターに近づき、取引を持ちかけます。そして主人公はセイターのために、プルトニウム241 (と呼ばれるアルゴリズム部品) を (再び) 奪うことになります。

強奪作戦の前半は成功し、主人公はウクライナの輸送車からプルトニウム241と呼ばれるアルゴリズム部品を入手します。

そこへ逆行するセイターが逆走するアウディに乗って現れ、そのブツを要求します。さらに逆行する主人公も逆走するサーブに乗って登場し、映画史上最も難解なカーチェイスが繰り広げられます。

図3: 映画史上最も難解なカーチェイス。映画内の出来事に、番号をつけて整理した。


上記画像を大きなサイズで見る

結局、プルトニウム241と呼ばれるアルゴリズム部品はセイター側に渡り、キャットは撃たれて重傷を負い、主人公側は散々な目に遭います。

ここで主人公の相棒ニールは実はTENETのメンバーだったことが判明します。また結構強そうな軍隊がTENETの味方として登場します。なんだよそれなら最初から助けてくれればいいのに、という気がしますが、TENETも、TENET軍のボスのプリヤも、徹底した秘密主義で、主人公にも観客にも何がどうなっているのかちっとも教えてくれません。本当にいけずなノーラン監督です。

【オスロ空港襲撃パート2】

カーチェイスの過程で逆行する羽目になった主人公とニールとキャットは、オスロ空港倉庫にある回転ドアを利用して、順行に戻ります。この際、オスロ空港襲撃時の順行主人公と鉢合わせし、取っ組み合いになります。オスロ空港襲撃パート2です。

【スタルスクの戦い】

プルトニウム241と呼ばれるアルゴリズム部品を入手したセイターは、いよいよアルゴリズムを完成させて、全世界を逆行させようとします。

セイターは、アルゴリズムを作動させるタイミングを、冒頭のオペラ劇場戦に合わせます。部下とともに逆行して過去の時点に戻って作動させるのです。アルゴリズム部品は「スタルスク12」というソ連の廃墟に運ばれます。

独特の哲学を持つセイターは、アルゴリズムの起動方法にもこだわりを見せます。自分はスタルスクから遠く離れた洋上のヨットにいて、妻子の傍らからあれこれ現場を指図します。そして最後に自殺をして、すると心拍の停止がアルゴリズムを起動させる仕組みです。

スタルスクの戦いは物語最大の山場になります。そしてプロットの複雑さもピークを迎えます。アルゴリズム作動を阻止するべく、主人公はプリヤ部隊とともに順行し、スタルスクを襲撃します。ニールは同時に (というのも変ですが)、逆行するプリヤ部隊とともに襲撃に参加します。戦場は後ろ向きに歩きまわる逆行兵士や、瓦礫から立ち上がるビルや、破片と炎を吸い込む爆発などが入り乱れ、もう大混乱です。

主人公の戦いはこれまで失敗続きでしたが、ここではとうとう勝ちます。アルゴリズムを取り戻し、敵役ボルコフを倒し、セイターはキャットに撃たれます。

戦いが終わり、ここでTENETの最後の秘密が明かされます。実はTENETの黒幕は主人公でした。今後主人公はTENETを組織し、未来と戦い、オペラ劇場戦でピンチに陥った自分自身を救助してリクルートするのです。

そしてニールは近未来の主人公の友人でした。現在の主人公を助けるために近未来から逆行してきたのです。オペラ劇場戦で主人公を援護したのはニールでした。そしてこれから再びスタルスクの戦いに加わり、戦死するのです。

【エピローグ】

プリヤはTENETの秘密を守るためにキャットを暗殺しようとしますが、逆に主人公に撃たれて、2時間半の怒涛のような物語はここに幕を閉じます。

●主人公はなぜ名前がないの?

主人公の名前は最初から最後まで明かされません。人物紹介にも「主人公 (Protagonist)」としか書いてありません。

名前を何らかの記録に残すと、未来人に情報が伝わり、不利になるので、隠しているのです。

ところで素粒子物理学では、反粒子 (anti-particle) なるものを扱います。これは粒子と質量などの性質が同じですが、電荷が反対です。そしてある種の理論計算では、反粒子は時間を逆行する粒子とみなされます。粒子と反粒子が出会うと両方とも消滅します。

逆行という現象が、この反粒子の性質をヒントにして創作されていることは間違いありません。

ところで主人公は逆行する自分と出会い、取っ組み合いになります。逆行する主人公のことは「悪役 (Antagonist)」と呼びます。これは反粒子 (anti-particle) を意識したノーラン監督の洒落でしょう。無理に訳せば「反主人公」というところでしょうか。

《LINK:反粒子とは? Wikipdia

●逆行は時間旅行なの?

回転ドアを用いて逆行した人間は、周囲の時間が逆に流れているように感じます。もう一度回転ドアを用いて順行に戻ると、最初よりも過去の時点に戻っています。

逆行は過去への時間旅行といってもいいでしょう。

●逆行は過去を変えられるの?

映画の中で、逆行によって過去が変えられたことは一度もありません。逆行は過去を変えないようです。

ところでしかし未来人は、過去を変えて全世界を逆行させるために戦いを仕掛けてきました。またセイターは、オペラ劇場戦の時点でアルゴリズムが作動しなかったことを知っているのに、オペラ劇場戦の時点でアルゴリズムを作動させることを試みました。

どうも未来側は過去を変えられると期待しているようです。あきらめずに頑張るのは偉いですね。

(一方、TENET側は「起きたことは起きたことだ What happened’s happened」などと言っていて、過去は変えられないという哲学を持っているようです。)

さて今回はこうしてQ&A形式でTENETの解説をしてきました。いかがでしたでしょう。

次回でどのような御質問にお答えするか、もしも聞きたい疑問がありましたらお知らせください。もしも答えられるものでしたらお答えしたいと思います。



小谷太郎
日本のサイエンスライター、大学教員。東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒。博士(理学)。理化学研究所、NASAゴダード宇宙飛行センター、東工大などの研究員を経て著述活動を開始。平塚市在住。
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