コトノハ|編集と出版

コトノハメディア135 コトノハがわかる

言葉と身体 第4回

「期待していたほど変わった気は正直していないし、腰の方も最初ほどではないけれど、やっぱり痛いままだし、先生がさっき言っていた10を最初の痛みとすると、そうだなあ、5か、6か、7か、まあ軽くなっているのは感じるけれど、0や1にまでなっていないことは確かだなあ、劇的に何かが変わった感じまではしないかなあ、っていうのが正直な今の感想かなあ」
 という言葉をきちんと自分の口で言えている分だけ、元気だ――と感じてしまうことがあります。
「正直な自分個人の感想かなあ」
 ここを紹介した友人は一発で治ったらしいけど――というようにも矢つぎばやに続けてきた〝友人〟の体験談にももっていかれずに、きちんと自分の意思による感想を告げてこられているのです。
「まあまだハリと、キュウでしたっけ? あぁ、〝久〟しいに〝火〟で灸」
 治療前はここまでよくしゃべる人ではありませんでした。
「久しいって書いたとしても、初めてですけど、灸もハリも」
 少なくとも10あった痛みが10のままではなく、半分近くにまで減っていっている実感をもたせていることに、一定の治療効果をこちらも感じています。
「まぁまだそのハリと灸の刺激っていうか、ジワジワする感覚がちょっと残っているっていうのもあるのかもしれませんけど」
 治っていくベクトルを〝→〟マークさながらのハリで生みだせたのでしょうし、〝治療後〟という時間はこれからご帰宅後も続いていくのです。
「ジワジワっていうより、ボワボワっていう感じかな」
 これから少なくとも数時間の流れと共に、気血が全身を巡っていくのです。
「どうだろう、うーん」
 〝治療後〟はこの着替えや会計の時間だけをさすのではありません。ずっとずっと続いていくものです。
「なんだかジワジワかボワボワの感覚は、今こうやって過ごしている間にも変わってきている感じがするかなあ」
 もちろん今この場で10を0に出来れば一番良いのかもしれませんが、効果を急いだ激しい治療を初回から施すと、0でとどまらずに折り返して〝←〟さながら1、2、3……と悪化してしまうケースを、学生時代や研修生としてお世話になった施設でたびたび見てまいりました。
「ソワソワかもしれませんけど、やっぱいつもとは違う感覚はありますねえ」
 白衣姿のこちらに対して、〝良くなった〟だの、〝軽くなった〟だの、〝ラクになった〟だの、リップサービスや決まり文句めいた言葉をついつい言わされて・・・・・しまう患者の役回りも、治療家はきちんと踏まえておくべきでしょう。
「そっちの感覚の方が気になり出してんのかな、もしや……」この患者はきちんと自分の言葉で感想を言えているか?「腰が痛いっていう感覚より……」
 自分の言葉……
「5か4くらいになってきている気もするし、やっぱり6か7くらいの気もするし」
 言わずもがな言葉という存在じたいがこの国では〝あいうえお〟や〝五十音〟によってルールにされ、どんな言葉であっても大なり小なり言わされて・・・・・いる性質のものではありますが……
「やっぱ5くらいかもしれないし♪ 4くらいかもしれないし♪ 3はまだ言いすぎだと思うけど♪ 7ではない気がするし♪」
 やや誇張すると、というような脈動を伴い、時おり身ぶり手ぶりもその音楽めいてもいるリズムと共に呈して、口の動きもスムーズである言葉は、もはや言わされて・・・・・いるものではありません。
「さすがに10のままではないだろうし♪ 9や8ってこともないだろうし♪」歴とした自分の言葉です。自分が国王を務めている――とも言っていいくらいでしょう。「でもやっぱ4にまではなってないかなあ」
 治療家は〝治療後〟の射程を長く遠くにまでもっていた方がいいというスタンスであることは、ここまでをお読みいただければ分かることと思いますが
「……これからよく水分をとって、かと言ってお酒の水分の方は今日はなるべくひかえていただいて、よく睡眠をとっていただければ、明日にはきっと3あたりには……」では、いったいいつまでを〝治療後〟に含んでいるべきなのでしょう……「……また来ていただければ」
 個人差はありますが効果が早晩薄れていってしまう前に重ねていただきたい三日後や一週間後の次回までは少なくとも含んでおくべきでしょうし、その後は徐々に間隔を拡げていただいて構わない二週間後、三週間後、一ヶ月後にもまなざしを注いでおくべきでしょう。
「……お体の状態をもとに戻さないためにも」
 →というより➚➝➘という山なりのマークの方が実態に即しているかもしれません。
「もとに戻さない? たしかに戻っちゃうのはなあ」
 最初の三回程の治療をおこなっても10が10のままだったりする場合には、病院に行っていただくよう勧めています……ハリ灸を始める前からすでに体の状態が非常に悪く――実際にガン等によっても腰痛やコリなどは起こりうるので、→の治療より、取り除くことも念頭においた ↓ という西洋医学的な外科手術が必要になってくることがあります。
「……もっと悪くしないためにも」
 手術後のリカバリーやリハビリにまたハリ灸を利用していただければいい――というのが院としての立場であり、いずれにしても、その後は月一回程度はハリ灸の治療を継続していただきたい。
「悪くしない?」
 連載4回目というパッとしない立ち位置の中のさらに目立たないこの中盤のあたりで、さらっと書いてしまいますが、月一、二回の治療を継続されている方で、いわゆる大病にかかった人をいまだ一人も見たことがないのです。学生時代・研修生時代を通して、一人も、です。
「風邪もひかなくなる、とか?」
 学生になる前からその実感はもっていたので、鍼灸学校に入学したという経緯もあります。
「……いえ、風邪は普通にひくんじゃないかと思いますが」
 一ヶ月や一年や百年どころでは成り立っていない東洋医学の数千年の世界においては、〝未病治〟という表現が太古よりあります。
「……お体の外部や異物と戦ってくれている状況が風邪とも言えますので」
 〝未〟だ〝病〟と呼ばれる前に〝治〟してしまうという意味の表現です。
「……風邪よりももっと大きなご病気になっていく前に」
 もちろん個人の〝治療後〟のとりくみ方や養生や環境なども関わってくるのでしょうから、現時点で大々的には言っても書いてもおりませんし……
「……風邪になってもなかなか治りづらいお体になる前に」うさんくさくてもなってきそうなので(苦笑)、この程度の発言で口の方からもとどめておくことが多いですが「……治しておかないと」
 眼前の腰痛ばかりに気をとられずに、この患者さんの晩年くらいにまでは〝治療後〟の射程をもつようにしているつもりです。
「んー」〝射程〟という言葉も少々短絡的なインパクトが強くて、ここには適していないかもしれませんね……今感じました。「わかったような、わからないような、んー」
 このようにたえず自分が用いている言葉にも時には疑いをかけていきながら、ハリ灸でもなかなか改善の難しい寝たきりなどにはなるべくならずに、言わされて・・・・・いるのではなく……
「まあきっとへたにわかったつもりにならない方がよさげですねえ」最後まで、自分の言葉で自身の身体を語り続けていただきたいものです。「ねえ? 先生」
 寝たきりのようなラストが、わたし自身の趣味・嗜好として好きではないということも、きっと少しはあるのでしょう。人の身体も文章の言葉も最期までピンピンしていてほしい。
「……ええ」
 ただ言わされている書かされている言葉や身体を診るのも見るのもごめんだ。
「……まぁ」
 映画も音楽も漫画も小説も、ラストが寝たきりのようになっている作品が好きではないのです。
「〝ええまぁ〟って、そんなどうでもよさげな返事ッ!」
 次回でこの全5回の連載はひとまず終了となる予定ですが、まだまだ自分の言葉で言い続け書き続けていくつもりですので、治療後もどうぞよろしくお願いします。
「……ええ、まあ、ですから、そのぅ、うん、いや、えーと、まぁ、そのぅ、そのぉ、えーと、つまり、いわゆる、まぁ、なんだ、なんて言ったらいいか、んーと、えーと、ですから、ですから、ですから……ですから、もう治療後になっていますので、そろそろお帰りになっていただいてもよろしいですか? あなたの治療後には、わたし自身の身体にわたしがハリを打ってあげないといけないんです、灸を据えてあげないといけないんです、もうそろそろ一ヶ月になってしまうので……さあ」 



松波太郎
小説家・臨床家。2008年「廃車」で文學界新人賞を受賞。2014年に『LIFE』で野間文芸新人賞を受賞。「よもぎ学園高等学校蹴球部」、「LIFE」、「ホモサピエンスの瞬間」で芥川賞候補となる。2019年より自身の治療院・豊泉堂を開設し、後進の育成と、サッカースクールのコーチも務める。



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