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言葉と身体 第2回

松波太郎

 あんまり結論じみた言葉をさきにもってくるのは好きではないのですが、書き始める前から大体想像がついていることは事実なので、あらかじめ言っておきます。

《言葉と身体は相性が良くない》

 つめていけばいくほど相性の悪いものだということはわかっているので、頂いたテーマでありながらあまり考えたくないことではあります。

「腰が痛くて」

 と今日お見えになった患者さん。2ヶ月ほど前から〝腰〟が痛くなったのだそうですが

「いろいろ試してみたんだけど、なかなか良くならなくて」だそうです。「マッサージに、整体に、ストレッチに、カイロっつったか? いや、あったけぇ方じゃねくて」

「……ええ」

 返答が遅くなったのは、すでにこの時点できっと〝腰〟には原因がないのだろう……と思いはじめていたからです。

「……〝腰〟ってどのあたりですか?」

 とためしにきいてみます。

「あぁ?」

「……いえ、腰が痛いという場所は……」

「あぁ、ここ、ここ」と指した場所は、厳密には〝骨盤〟です。「ここ、ここ、ここの出っぱりも痛くて」

 〝出っぱり〟とは尾てい骨のことを指しているようなので、骨盤の上の〝腰〟椎よりも大分下にあるのですが……

「……そうですか」べつにわたしは患者さんの言葉の揚げ足をとるようなマネをしたいわけではありません。「……じゃあ、きっと〝お尻〟や〝股関節〟の方も痛みますね?」

「コカンセツ?」

 ふだん使う(必要のある)言葉なのか、そうではないかの違いでしかないのでしょうし

「……後ろが〝腰〟で、前が〝股関節〟」

 このようないわゆる解剖学的な言葉を仕事柄もちいることの多いわたしの方こそ、言葉に翻弄されることもしばしばです。

「……胸椎12番と腰椎1~4番から始まっている筋肉・大腰筋は、大腿骨の小転子までのびているので」

 というように実際に〝腰〟の筋肉はべつの部位にまでのびていっていることも、事実としてありますし

「……その大腿骨の後面には坐骨神経が通っていて、膝の後面やふくらはぎの方にまでそのまま……」

 さらに言葉で細かく部位をパーツを分けていけばいくほど、ヒトの身体の実際からは遠のいていくようでもありますし

「何言ってんだ、先生?」一般的なヒトの理解からも遠のいていっているのでしょう……「もっとオレたちのわかるような言葉で……」

 言ってくれ……との言中に、いててて、と〝痛〟という言葉が響いてのびていくような音を発しています。

「そこもいててて」ヒトの身体の前では無力さをこちらも痛感するだけである言葉を、一応続けながらも、手の方では〝腰〟から〝足〟の方まで触診を続けていたのです。「圧されると、その〝踵〟もいててて」

 身体は一つに繋がっているのでしょう。

「……きっとこの腰の奥の〝膀胱〟だとか〝前立腺〟だとかも……」

「前立腺は、オレもヒダイ? してんだ、お医者に手術すすめられるくらい……その奥の方もいててて……」

「……ええ」

「そっちの背中とか首の方もいててて……」きっと頭の方にも腰痛の根源は存在しているのでしょう。「ててて、もっと上にも響いてくる……」

 腰痛の原因の多くは頭(脳)の異常だった――という研究結果も、数年前に出ています。

「肩や肘もいててて……」

「……肩や肘」

「ててててて手てててて……」

 結局〝全身〟を診るしかないし、治療するしかない……となかば諦めるようにもハリをとり、お灸の道具となるモグサも手にもちます。

「雨が降ってると、よけい、いてててててて……」

 一枚の〝皮膚〟しか隔たっていないのですから、この身体の外の状況――気温や湿度や天候などとも、繋がっているとも言えるのかもしれません……

「ててててえ……」

 〝全身〟という言葉ですら、身体を正確には表せていないのかもしれません。

《言葉と身体は相性が良くない》

 という結論じみた言葉が、やはり治療の終盤に脳裏にうかんできましたが、言葉が元凶とまではもちろん思っていません。

「あーでも、さっきよりラクになった、ラクになったぁ」

 細部にまでつめていった先に、あくまで身体との相性が悪く感じているだけのことです。

「腰痛なのに、なんで足や頭にも刺したりすんのか、わかんなかったけど」

 言葉は、こういう使い方が一番身体にとっても良いのかもしれません。

「どうもありがとう、先生、助かりましたぁ」

 とややのびた語尾が、こちらの身体の表面のみを触って

「ありがとぉ」

 徐々に深部の方にまでほのかな暖かみを届けるようになってきます……

「はい、じゃあお代、ここに置いときますぅ、さいならぁ」

 身体のどこか分からない場所がぽかぽかしていて、循環もきっと良くなってきているのでしょう……

「……どういたしましてぇ」

 もしかしたらもう外かもしれません。

松波太郎プロフィール

1982年生まれ。臨床家、小説家。一橋大学大学院言語社会研究科修了。
東洋鍼灸専門学校卒業。中国・北京中医薬大学短期研修、都内の治療院数ヶ所での勤務・研修を経て2018年より豊泉堂を開院。小説家としては2008年「廃車」(原題「革命」)で文学界新人賞受賞、2009年「よもぎ学園高等学校蹴球部」で第141回芥川賞候補、2013年「LIFE」で第150回芥川賞候補、2016年「ホモサピエンスの瞬間」で第154回芥川賞候補。『LIFE』では野間文芸新人賞を受賞。他の著書に『本を気持ちよく読めるからだになるための本(ハリとお灸の「東洋医学」ショートショート)』、『自由小説集』、『月刊「小説」』、『カルチャーセンター』、『そこまでして覚えるようなコトバだっただろうか?』等。

※本稿は、2019年に連載されていたものの再掲です。

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