【連載】まだ「音楽」と呼ばれる前夜①
コトノハ
その頃は、音楽を聴くことが、日々延々と続く平坦な「日常」から意識をそらす手段だった。遡れば、1977年に公開されたジョージ・ルーカスの映画「スター・ウォーズ」も、1982年のスピルバーグによる「E.T.」も、未知なるものとの出会いが疑似体験できたし、自分にとって音楽もそうなのだけれど「いまここ」にはないものに触れられる期待を子どもの頃から抱きながら、映画や音楽に接していたのではないかと思う。漫画では、藤子不二雄の『SF短編集』や松本零士の『銀河鉄道999』に強烈な印象を覚えた。これは多分、僕に限らず1970年代に生まれた人たちなら思い当たるだろうし、それは人々が日々「現実 対 空想」の構図のなかに暮らしていたとも言える。
自分もそんな環境に馴染みながら生活をしていた。
従兄弟が代々木八幡に住んでいたこともあり、小学生の頃からよく渋谷に映画を見に行った。映画がはじまる前、当時、センター街にあった「アービーズ」というファーストフード店でローストビーフの挟まったハンバーガーをテイクアウトして、それを頬張りながら巨大なスクリーンに映し出される映画を鑑賞するのが常だった。
映画は必ず最後まで見て、エンドロールが流れるのをじっと眺めながら、バックに流れる音楽を聴いて余韻に浸った。映画館から家に帰ってくると、上池上のみずほ銀行前あたりにあったレコード店か、雪が谷大塚のパチンコゆたかの並びにあったレコード店に行き、見た映画のサウンドトラックを慎重に吟味しながらお年玉で買った。はじめて買ったカセットテープは、スターウォーズのサウンドトラックだった。値段は確か2800円だったと思う。いまと比べても結構、高額だ。ラジカセでそれを聴き、映画を思い出す。まだレンタルビデオ店が街になかった時代。当時一世を風靡したSONYのウォークマンには、手が出せなかった。
大学生になり、池袋にあったリブロで『坂本龍一全仕事』(太田出版・山下邦彦著)を手にした時、楽譜とともに記されている独特な音楽理論に惹きつけられ、バイト代をはたいて買い何度も読み返した。ゴダールやフェリーニなどのヌーベルバーグと呼ばれたちょっと難解な映画を観に、池袋の文芸座や高田馬場の小さな映画館へと足を運んでいた自分は、この本の放つ「とっつきにくいが、なにか壮大な音楽の秘密が書かれている」雰囲気に一瞬で魅了されてしまったのだ。
音楽CDに付けられたライナーノーツや、そこに記録されたクレジットを頼りに、他のさまざまなミュージシャンの存在を芋づる式に知っていく。インターネットがまだ登場していなかった頃を過ごした者ならわかるのかもしれないこの体験を促す仕掛けが、この本にもふんだんに盛り込まれていた。山下邦彦さんの聴いてきた音楽の変遷を辿るように、他のさまざまなミュージシャンの音楽を聴いていったし、頭の中で坂本龍一の後光はさらに輝きを増していった。
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