cotonoha inc. 池の近くの本を作る会社。 コトノハ株式会社

【連載】まだ「音楽」と呼ばれる前夜⑤

コトノハ

 しばらくしてから、渋谷西武前の路上で前に出会った2人組が、三軒茶屋の茶沢通りにある特徴あるビルで飲食店を営んでいるか、働いているという噂を聞いた。

 トランペット担当が、この茶沢通りを抜けたところにある家賃5万円の風呂無しアパートに住んでいた。休みの日になると、皆でトランペット担当の家に集まっては、コーヒーを飲みながら、ジャズのレコードを聞いていた。オーネット・コールマンや、マイルス・デイヴィス、アート・アンサンブル・オブ・シカゴを知ったのも、このアパートだった。

 当時、都築響一さんが編集した『TOKYO STYLE』という、東京に暮らす一般人の個性的な部屋を集めた写真集が流行っていたこともあり、編集の仕事をしていた僕は、トランペット担当の部屋を当時関わっていた雑誌で紹介することにした。その時のカメラマンは、いまはなき写真週刊誌『FOCUS』(新潮社)から独立した人で、アメリカの小さな移動サーカスを撮ったり、日本に帰って結婚・離婚をしてジェンダーに目覚め、当時、渋谷でゴッホ今泉さんとマーガレットさんが主宰していたイベント「デパートメントH」界隈に集まっていた、 ドラァグ・クイーンたちを撮影していた後藤さくらさんだった。

 90年代半ばの渋谷は、混沌とした雰囲気が漂っていて、自分たちもこの混沌としたムードの中で、なにか新しいことを立ち上げることができるのではないかという気分にさせてくれていた。

 しばらくして、パリペキンレコードが閉店したという噂が流れた。そして批評家の佐々木敦さんと当時は編集者でライターの原雅明さんが渋谷の山手教会のあるマンション内にHEADZという事務所を開き、そこに間借りした形で、レーベル「Soup-Disk」を、虹釜と原さんとではじめたという情報を得た。さっそく、連絡をとって、メンバーとともにHEADZに遊びに行った。当時の山手マンションの地下には、渋谷ジャンジャンがまだあった。HEADZからの帰り際、隣の部屋にあったレコード店「クララ・オーディオアーツ」に立ち寄ってみた。8畳ほどの部屋に置いてある音盤はどれも、これまで見たことのない品ばかりで、ただただ圧倒されるばかりだった。先日亡くなってしまった、野界さんがやっていた店だった。

 Soup-Diskのリリース第1弾は、確か『SILVERLIZATION (V.A. / SILVERLIZATION -銀化-) 』(以下、『Silverlization』)というコンピレーションアルバムだった。

   そのコンピには、パリペキンレコードにテープを持ってきていた音楽家たちが音源を寄せていたように思う。DJ VadimやMontageの曲も収録されていた。僕らの音楽も1曲収録されることになった。

 そのパリペキンレコードに置いてあったレアな音源を、当時の佐々木さんや原さんは、さまざまな音楽雑誌に紹介していた。 

 その頃、僕らが彼らから知ったのは、アメリカのバンドDinosaur.Jrに所属していたメンバーが宅録のテープを交換することで生まれたローファイユニット、セバドーや、独特かつ謎に満ちたキャロライナーレインボー、また壮大だがどこか世界観がおかしなシルバーアップルズなどだった。 これらのどの音楽も、普段はテレビやラジオなどで聴くことができない「異質さ」と、純粋な音楽的興味を満たしてくれる「ユニークさ」を併せ持っていた。「アンダーグラウンド」という言葉が、そこここで聞かれるようになった時代だった。

 また、「音響」というこの当時話題になったジャンルは、パリペキンレコードの店内の一角に「音響」と名付けられた棚があって、それは当時店に通っていた佐々木敦さんが名付けたということだった。 これについては後日、なにかの記事で知ったことだが、いまとなっては記憶も曖昧である。音響というジャンルの音楽は、音そのものに美学を見出す音楽だ。通常の音楽なら、メロディやリズムなどが混ざり合っているが、音響はそこから引き算をして装飾的な音を排除していくので、音色により焦点が当たる。音符ではなく、周波数で音楽を捉えるのだ。

 ’90年代半ば、当時はまだ表参道のスパイラルで働いていた池田亮司さんのダムタイプでの音楽も、この「音響」というくくりで語られていた。

 当時、音響というジャンルにカテゴライズされていたのは、TAMARUさんや、先に紹介したユタ・カサワキ、そして中村としまるさんや、秋山徹次さん、杉本拓さん、大友良英さんとデュオをやっていたSachiko.Mさんらだったと思う。

 そんな中、Soup-Disk第一弾のコンピ『Silverlization』が発売されると、僕らも「音響ジャズ」というくくりで音楽雑誌の中で紹介されていった。

【続きを読む】

リンク>「まだ『音楽』と呼ばれる前夜」⑥

【バックナンバーを読む】

リンク>「まだ「音楽」と呼ばれる前夜①」

リンク>「まだ「音楽」と呼ばれる前夜③」

リンク>「まだ「音楽」と呼ばれる前夜④」

 

TOP