【連載】まだ「音楽」と呼ばれる前夜⑦
コトノハ
僕らのファーストアルバムとなるCDが発売されてから、東京各所の尖ったレコードショップで僕らのCDが置かれるようになった。
そのレコードショップの中でも、異彩を放っていたのが当時新宿にあった「ロスアプソン」だった(現在は高円寺に移転)。
雑居ビルのようなたたずまいのマンションのエレベーターで上階へ行くと、左手に扉が開け放たれた部屋があり、店内からかすかに怪しげな音が漏れ聞こえていた。
店主の山辺圭司さんは、かつて六本木にあったWAVEに勤めていた人で、当時から界隈で話題になっていた。南米ルチャリブレの覆面レスラーが店のマークだった。店に行き、僕らがバンド名を名乗るとざっくばらんに会話がはじまった。
なんといってもロスアプソンの魅力は、CDやレコードに山辺さん自身が手書きで書き込んだPOPだ。読むと不思議と文体にひきこまれ思わずレジに持っていってしまう力があった。それから、ここでそれまで見たことも聴いたこともなかった、たくさんの音盤を入手することになる。
さらにロスアプソンに出入りしていたウッドマンや露骨キット、青山政史さん、タケ・ロドリゲスさんなど、さまざまな作品を発表する人たちと出会うことになった。
そしてアルバムの発売にともない、さまざまなイベントに出演が決まっていった。
当時、HEADZがドイツのエレクトロニカ・アーティストを呼んでイベントをやっていたので、Mouse on MarsやOvalなどのライブの前座で演奏をさせてもらうことになった。他にも、虹釜さんの紹介で、いまは亡くなってしまったDJ Klockさんや、原さんの関係からDJ Kenseiさんが出演するイベントなどでも出演させてもらった。ほかにも当時は渋谷のファイヤーストリート近くの坂の途中にあったアップリンク。また、ロスアプソンの山辺さんからも声をかけてもらって、いろいろなイベントに出演していくことになった。
全然知らない人からもライブ出演の依頼が来ることもあった。
日本人ミュージシャンでは、大友良英さんや、杉本拓さん、Tamaruさん、菊地雅晃さん、Gnu、montageやminamo、その他いろいろなミュージシャンたちと一緒にライブをさせてもらった。
はじめて演奏したライブハウスである吉祥寺のMANDARA2。そこから、当時、新宿の歌舞伎町にあったリキッドルーム、青山CAY、青山にあったメキシカン風な建物で開催されていたnude lounge、都内でもキワモノたちが集まっていたBar青山、西麻布にあったYellow、吉祥寺のスターパインズカフェ、DJ SakさんやDJ Klockさんとのセッションを行った渋谷のクラブエイジアなどなど、他にも数えきれないほどのライブを行うようになった。特にBar青山では、行く度に喧嘩がはじまり、物騒だと思いつつもどこか惹かれるものがあり、何度かライブをやった。いまでもあの頃にいた人たちや、あの頃の雰囲気は記憶に残っている。
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